【マンガで解説】恋愛できたら「ひと安心」?クワロマンティックの経験から考える、アマトノーマティビティ(恋愛伴侶規範)について
「最近、気になる人とかいないの?」
「〇〇さんの恋バナも聞きたいな!」
そんなふうに話を振られて、「なんて答えたらいいんだろう…」と困ってしまった経験はありませんか?
セクハラへの問題意識の高まりとともに「人のプライベートを根掘り葉掘り聴くのはよくない」という認識が少しずつ広がってきた一方で、まだまだ恋愛に関する話題は、「みんなが盛り上がれる共通のネタ」として扱われがちです。
今回は、そんな恋愛話についつい話を合わせてしまったとある女性の体験談を入り口に、「クワロマンティック」というアイデンティティや、私たちが無意識に受け取っている「恋愛にまつわる前提」について考えてみたいと思います。
クワロマンティックってなに?
今回のマンガの主人公・ゆっこは、自身を「クワロマンティック」と認識している女性です。
クワロマンティック(Quoiromantic)とは、「恋愛的な惹かれ」や「恋愛的な指向」という考え方に違和感を持つ、またはその枠組みに自分が当てはまらないと感じるアイデンティティのこと。
日本では一般的に友情と恋愛感情の区別がない/わからないアイデンティティとしても知られています。
クワロマンティックには、例えば
- 友情と恋愛感情の違いがわからない人
- 友情と恋愛感情の区別をつけない人
- 「誰かに恋愛的に惹かれる」という捉え方自体がよくわからない/自分に当てはまらないと感じている人
などが含まれます。
クワロマンティックは、アンブレラタームであるアロマンティック(Aロマンティック)に含まれることも多いアイデンティティです。ただし、「他者に恋愛的惹かれを感じない」ことと、「『恋愛的に惹かれる』ということ自体がよくわからない」という状態は、似ているようで少し異なりますよね。
クワロマンティックの人のなかでも、どんなふうに自信のアイデンティティを定義づけるかは人によってさまざま。クワロマンティックという言葉に、絶対的な定義があるわけではないため、それぞれの感じ方や表現を尊重することが大切です。
恋愛や性愛のほうが、友情より優先されるべき?
主人公のゆっこは、自分の中にある恋愛に対する考え方を振り返るなかで、無意識のうちに「関係性についてのヒエラルキー(階層)のようなもの」を持っていたことに気づきます。
- (異性との)恋愛:最優先にすべきもの、大人の証、1対1の関係を想定
- 友情:恋愛の前段階、重要度は恋愛より低く、相手を縛らない
こうした一対一の恋愛関係こそ、誰もが目指すべき目標で、ほかの関係よりも優先されるべきという考え方は「アマトノーマティビティ(恋愛伴侶規範)」とよばれています。
耳慣れない難しい言葉だな、と思う人も多いかもしれませんが、このような考え方は私たちのまわりに「あたりまえ」としてあふれていますよね。
たとえばドラマや映画、マンガなどで、下記のような表現が繰り返し描かれてきたことも、この規範を浸透させ、強めてきた要因のひとつです。
- 「結婚出産でゴールイン」というテンプレート
- 1人の異性をめぐって友人同士が対立し、友情に亀裂が入る描写
- 異性との恋愛に積極的でないキャラクターは過去にトラウマがある、もしくは強がっているだけで本当は寂しいというようなキャラ設定
マンガの中には、ゆっこに「いい感じ」の男性がいると聞いた友人のひとりが「ひと安心」だと声をかけるシーンがあります
ここまで解説してきた概念、アマトノーマティビティの意味を踏まえて考えてみると、この「ひと安心」という言葉の前提には、
- 恋愛経験がない=まだ成長の途中段階
- シングルでいる=満たされていない状態
という見方があることがわかります。
もちろん、恋愛や結婚を通じてほかとは比べようのない喜びを感じる人もいますし、そうした感じ方は他の人から否定されるべきではありません。
ただし、「恋愛の成就を目指すことこそがすべての人にとっての幸せ」と決めつける風潮が、ゆっこのような人たちを「いない」ことにしてしまっているのもまた事実なのです。
まだまだ異性愛前提になりがちな恋バナ
さらに、恋愛話については今なお「誰かに恋愛感情を抱くこと」だけでなく、「恋愛感情は異性に向けられるものだ」という前提が含まれていることが少なくありません。
そのため、「恋バナで無理に話を合わせる」という場面は、アロマンティックスペクトラムに含まれる人に限らず、さまざまな性のあり方の人に立ちはだかります。
たとえば…
- 本当は彼女なのに、家族には彼氏ということにして伝える
- 男性が好きだけれど、「どんな女の子が好きなの?」という質問に答えさせられる
- パートナーはノンバイナリーだけれど、そのことを話すには相手を選ばざるをえない
クワロマンティックの人が感じる「恋愛感情それ自体がよくわからない」という感覚と、恋愛的な魅かれを経験するクィアの人々が抱く「自分の恋愛が世間から想定されていない」という感覚は、大きく異なるものです。
しかし、どちらも「(異性同士で)恋愛・結婚することが普通で、人生でもっとも尊いことだ」とする規範によって周縁化されているという点では、共通する部分もあることがわかります。
冒頭でもふれたように、会話のアイスブレイクとしてまだまだ多用されがちな「恋愛」というトピックですが、知らず知らずのうちに誰かの生き方を無視してしまっていないかどうか、あらためて考えてみる必要があるのではないでしょうか。
さいごに
今回は、クワロマンティックの女性が主人公のマンガを紹介しながら、恋愛話がたびたび前提としている価値観について考えてみました。
どんな関係性を「大切にしたい」と思えるかは人それぞれですし、そこに恋愛感情がないからといって「本当は重要ではない」なんてことはありません。
「恋愛的に好き」という感覚自体にピンときていない人や、「1対1の異性愛」とは違う形で親密な関係を築いている人たちを「いないこと」にしてしまわないために、この機会に一度立ち止まって、一緒に考えてみませんか。












