「恋愛の好き」がしっくりこない私の話。クワロマンティックって?
今回ご紹介するのは、自分をクワロマンティックだと認識している女性から寄せられた体験談です。「恋愛的に好き」という感覚がどうもしっくりこないと感じていた彼女でしたが、恋バナで盛り上がる友人たちの圧に押され、親しい男友達を「気になっている」かのように振る舞ってしまい…。
主人公のゆっこを合わせた女性たち5人が乾杯をしている「かんぱーい!」友人A「この前のデートの話なんだけどね〜」友人B「聞いて〜この間彼氏がさ〜」
ゆっこ、ニコニコしながらみんなの会話を聞いている「みんなの恋バナ聞くの好きなんだよな〜。楽しそうでなにより…」友人A「ていうか!ゆっこはいい人いないの?正直心配だよ〜」友人B「この前写真上げてた子は?」友人C「え!誰それ!知らないんだけど!」
ゆっこ「あ、タケルのこと?仲はいいけど…」みんな興味津々で聞く姿勢になる。あ〜…と困り顔のゆっこ。
ゆっこ、目線を外しながら「ええと… 実は今…いい感じなんだよね…」と話す。女友達たち、わっ!と嬉しそうな顔に。
女友達たち「やっぱり!詳しく教えてよ〜!」「私も写真見たいんだけど!」「よかった〜これであたしもひと安心〜!」困り笑顔のゆっこ、「ひと安心…?」と言われた言葉に疑問を持っている。友人たち「それで?どういう経緯で出会ったの?」「ゆっこってこういうタイプなんだ〜」「なんか進展あったら教えてね〜!」ひえ〜っと気圧されているゆっこ。
飲み会からの帰り道、電車内にて。ゆっこ「はあ〜〜〜…疲れた…」モノローグ「私は少し前から、自分をクワロマンティックだと認識しています」
クワロマンティックとは。「恋愛的な惹かれ」や「恋愛的な指向」という考え方に違和感を持つ、またはその枠組みに自分が当てはまらないと感じるアイデンティティのこと。日本では一般的に「友情と恋愛感情の区別がない、わからない」アイデンティティを意味するものとしても知られてるよ。 「AroAceスペクトラム」にも含まれます。タケルは共通の趣味を通じて親しくなった、よく一緒に遊ぶ友人です。そこに恋愛感情はなく、お互い心地よい関係を築いています。
「自分も恋バナができた」という嬉しい気持ちと「大切な友人を話のネタとして使ってしまったことへの罪悪感」が一緒に肩に乗っているゆっこ。「どうしてあんな返ししちゃったんだろう…」とため息。電車内にある広告を眺める。
男女のカップルが乗ったサービスの広告が目に入る。モノローグ「あらためて考えてみると…恋バナで盛り上がる友人たちに囲まれ、楽しそうにそれぞれの恋愛について語る彼女たちに対して、羨ましい気持ちがあったのだと思います。もしかすると、誰かとの関係性において、ヒエラルキー(階層)のようなものが無意識のうちに自分の中にもできていたのかもしれません」ヒエラルキーの図。「異性との恋愛」は「最優先にすべき、大人の証、1対1の関係性を前提」という内容で上位に、「友情」は「恋愛の前段、重要度は恋愛と比べて低い、相手を縛らない」という内容で下にいる図。
でも、恋愛でなくても親密な関係性を築いている人だっているし、親しい間柄の異性だからといって、恋人でなくてもいいはずです。ゆっこ「みんなの話を聞くのは楽しいけど…私とタケルとの関係に嘘をついてまで、恋バナに混ざる必要はないかもな」
今後も彼とはいい友人として関わっていきたい。いまの私たちの関係性が心地いいし、大切にしたいから。「友情よりも(異性との)恋愛の方が大事」という価値観の外で生きる人もいる、ということがもっと広まってほしいなと思います。家でタケルとオンラインで会話しているゆっこ。タケル「〇〇の新作今年出るってよ!」ゆっこ「見た見た〜めっちゃ熱い〜!」おわり。

【マンガで解説】恋愛できたら「ひと安心」?クワロマンティックの経験から考える、アマトノーマティビティ(恋愛伴侶規範)について

「恋愛の好き」がしっくりこない私の話

「最近、気になる人とかいないの?」
「〇〇さんの恋バナも聞きたいな!」

そんなふうに話を振られて、「なんて答えたらいいんだろう…」と困ってしまった経験はありませんか?

セクハラへの問題意識の高まりとともに「人のプライベートを根掘り葉掘り聴くのはよくない」という認識が少しずつ広がってきた一方で、まだまだ恋愛に関する話題は、「みんなが盛り上がれる共通のネタ」として扱われがちです。

今回は、そんな恋愛話についつい話を合わせてしまったとある女性の体験談を入り口に、「クワロマンティック」というアイデンティティや、私たちが無意識に受け取っている「恋愛にまつわる前提」について考えてみたいと思います。

クワロマンティックってなに?

今回のマンガの主人公・ゆっこは、自身を「クワロマンティック」と認識している女性です。

クワロマンティック(Quoiromantic)とは、「恋愛的な惹かれ」や「恋愛的な指向」という考え方に違和感を持つ、またはその枠組みに自分が当てはまらないと感じるアイデンティティのこと。

日本では一般的に友情と恋愛感情の区別がない/わからないアイデンティティとしても知られています。

クワロマンティックには、例えば

  • 友情と恋愛感情の違いがわからない人
  • 友情と恋愛感情の区別をつけない人
  • 「誰かに恋愛的に惹かれる」という捉え方自体がよくわからない/自分に当てはまらないと感じている人

などが含まれます。

クワロマンティックは、アンブレラタームであるアロマンティック(Aロマンティック)に含まれることも多いアイデンティティです。ただし、「他者に恋愛的惹かれを感じない」ことと、「『恋愛的に惹かれる』ということ自体がよくわからない」という状態は、似ているようで少し異なりますよね。

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クワロマンティックの人のなかでも、どんなふうに自信のアイデンティティを定義づけるかは人によってさまざま。クワロマンティックという言葉に、絶対的な定義があるわけではないため、それぞれの感じ方や表現を尊重することが大切です。

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恋愛や性愛のほうが、友情より優先されるべき?

主人公のゆっこは、自分の中にある恋愛に対する考え方を振り返るなかで、無意識のうちに「関係性についてのヒエラルキー(階層)のようなもの」を持っていたことに気づきます。

  • (異性との)恋愛:最優先にすべきもの、大人の証、1対1の関係を想定
  • 友情:恋愛の前段階、重要度は恋愛より低く、相手を縛らない

こうした一対一の恋愛関係こそ、誰もが目指すべき目標で、ほかの関係よりも優先されるべきという考え方は「アマトノーマティビティ(恋愛伴侶規範)」とよばれています。

耳慣れない難しい言葉だな、と思う人も多いかもしれませんが、このような考え方は私たちのまわりに「あたりまえ」としてあふれていますよね。

たとえばドラマや映画、マンガなどで、下記のような表現が繰り返し描かれてきたことも、この規範を浸透させ、強めてきた要因のひとつです。

  • 「結婚出産でゴールイン」というテンプレート
  • 1人の異性をめぐって友人同士が対立し、友情に亀裂が入る描写
  • 異性との恋愛に積極的でないキャラクターは過去にトラウマがある、もしくは強がっているだけで本当は寂しいというようなキャラ設定

マンガの中には、ゆっこに「いい感じ」の男性がいると聞いた友人のひとりが「ひと安心」だと声をかけるシーンがあります

ここまで解説してきた概念、アマトノーマティビティの意味を踏まえて考えてみると、この「ひと安心」という言葉の前提には、

  • 恋愛経験がない=まだ成長の途中段階
  • シングルでいる=満たされていない状態

という見方があることがわかります。

もちろん、恋愛や結婚を通じてほかとは比べようのない喜びを感じる人もいますし、そうした感じ方は他の人から否定されるべきではありません。

ただし、「恋愛の成就を目指すことこそがすべての人にとっての幸せ」と決めつける風潮が、ゆっこのような人たちを「いない」ことにしてしまっているのもまた事実なのです。

まだまだ異性愛前提になりがちな恋バナ

さらに、恋愛話については今なお「誰かに恋愛感情を抱くこと」だけでなく、「恋愛感情は異性に向けられるものだ」という前提が含まれていることが少なくありません。

そのため、「恋バナで無理に話を合わせる」という場面は、アロマンティックスペクトラムに含まれる人に限らず、さまざまな性のあり方の人に立ちはだかります。

たとえば…

  • 本当は彼女なのに、家族には彼氏ということにして伝える
  • 男性が好きだけれど、「どんな女の子が好きなの?」という質問に答えさせられる
  • パートナーはノンバイナリーだけれど、そのことを話すには相手を選ばざるをえない

クワロマンティックの人が感じる「恋愛感情それ自体がよくわからない」という感覚と、恋愛的な魅かれを経験するクィアの人々が抱く「自分の恋愛が世間から想定されていない」という感覚は、大きく異なるものです。

しかし、どちらも「(異性同士で)恋愛・結婚することが普通で、人生でもっとも尊いことだ」とする規範によって周縁化されているという点では、共通する部分もあることがわかります。

冒頭でもふれたように、会話のアイスブレイクとしてまだまだ多用されがちな「恋愛」というトピックですが、知らず知らずのうちに誰かの生き方を無視してしまっていないかどうか、あらためて考えてみる必要があるのではないでしょうか。

さいごに

今回は、クワロマンティックの女性が主人公のマンガを紹介しながら、恋愛話がたびたび前提としている価値観について考えてみました。

どんな関係性を「大切にしたい」と思えるかは人それぞれですし、そこに恋愛感情がないからといって「本当は重要ではない」なんてことはありません。

「恋愛的に好き」という感覚自体にピンときていない人や、「1対1の異性愛」とは違う形で親密な関係を築いている人たちを「いないこと」にしてしまわないために、この機会に一度立ち止まって、一緒に考えてみませんか。

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