小沼理『悲しい話は今はおしまい』

今回の記事では、2025年のプライド月間に開催した選書フェア「 “ストレート”じゃない未来をあなたと想像するためのブックフェア」に参加いただいた小沼理さんの新刊『悲しい話は今はおしまい』をご紹介します。
本の紹介
LGBTQ+コミュニティに対して抑圧的な政策を推し進めるドナルド・トランプの大統領再就任。停戦違反を繰り返し、止まることのないイスラエル軍によるガザ地区への攻撃。「記憶 反省 そして友好」と記された、群馬の森朝鮮人追悼碑の撤去——。国内外のあちこちで、さまざまなマイノリティが受けてきた傷や痛み、その歴史や記憶が、忘れ去られ、何もなかったことにされてしまうような出来事が起き続けています。
本書はそんな2024年から2025年までのあいだに、文筆家の小沼理さんが、日本で暮らす日本人のゲイ男性として経験したことや考えたことが綴られたエッセイ集です。
抑圧を受けてきた人たちが自分の経験について語ろうとするたびに「そんな暗い話ばかりしていないで、前を向きなよ」と、悲しさを悲しさとして語らせないようにする圧力は、この社会で今なお強く作用し続けています。そんな状況だからこそ、まだまだ「悲しい話」をし続けていく必要があることはまちがいありません。
それでも本書では、そうした前提をふまえたうえで、あえて「悲しい話は今はおしまい」にしてみることを試みています。
自らの特権性からくる後ろめたさや、なにもできないことへの罪悪感に押しつぶされてしまわないように。かといってすべての責任を手放してしまうのでもない形で、擦り切れずしぶとく抵抗を続けていく方法を探して。
無数に流れてくる残酷なニュースに圧倒されそうになっても、出来事の結び方を変え、新たな角度から名前や意味をつけてみる。そんなふうに、悲しさをかき消すことなく喜びやユーモアをすべりこませるような工夫は、世界じゅうのクィアたちが長く暗い闘いを生き抜くために培ってきたテクニックでもあります。
喜びを求めることに、後ろめたさばかり抱くのはおしまい。自分を責める回路だけじゃなくて、満たす回路をちゃんと整えて、抵抗と接続させてみよう。回路を切り替えながら生きられると想像してみよう。そうやって呪いに立ち向かってみよう。(『悲しい話は今はおしまい』「無数の夜」P.63)
行ったり来たりしながら用心ぶかく、でも確実に変化していく小沼さんの日々の記録を読んでいると、こわばった身体の力を抜いて、すーっと新しい空気を吸い込んでみる時間を、こちらもちょっとだけわけてもらえたような感覚になります。
日に日に悪くなっていくようにも思える世界の中で、変化を求めながらも絶望してしまいそうになっているあなたに。このプライド月間、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。
書籍情報
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『悲しい話は今はおしまい』小沼理 著
2026年 柏書房
定価1,700円(本体1,870円)
四六判 216ページ
著者プロフィール
小沼理(おぬま・おさむ)
1992年生まれ、文筆家。著書に『1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい』(タバブックス)、『共感と距離感の練習』(柏書房)。編著に『みんなどうやって書いてるの? 10代からの文章レッスン』(河出書房新社)。