【インタビュー】休息のなかで少しずつ見えてきた、「ほしかった心地よさ」の輪郭。プライド月間に聞く、中里虎鉄さんの現在地

ライター、フォトグラファー、編集者として活動し、俳優としても活躍の場を広げる中里虎鉄さん。
これまで、パレットーク編集部によるポッドキャスト「あちゃこちゃらじお」へのゲスト出演や、2025年のプライド月間に開催したブックフェアでの選書など、パレットークのコンテンツにもたびたびご参加いただいています。
今回のインタビューでは、ご自身の性のあり方の変化から、俳優デビュー作となったNetflix映画『This is I』の魅力、そして、社会と向き合い続けるための「休息」についてまで、幅広くお話をうかがいました。
プロフィール

中里 虎鉄(なかざと・こてつ)
1996年、東京都生まれ。編集者・フォトグラファー・ライターと肩書きに捉われず多岐にわたり活動している。あらゆるメディアのコンテンツ制作に携わりながら、トランスジェンダー女性であることをオープンにし、性的マイノリティ関連のコンテンツ監修・プログラム制作なども行う。2025年2月に配信スタートしたNetflix映画『This is I』にて、小百合役で俳優としてのキャリアもスタートさせた。
心地よさを探るなかで見えてきたアイデンティティの変化
——今回はトランス女性としてカミングアウトされてから初めてのインタビューとのことで、まずはご自身の性のあり方の変化について、おうかがいしたいです。
現在ネット上に公開されている記事は、ノンバイナリーを自認していた頃までのものなんですよね。21歳くらいのときに「ノンバイナリー」という言葉を知って、そこから5年ほどは自分をノンバイナリーと認識していました。
——そこから、トランス女性という自認へ移行していったのには、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
そもそも20代のころ、私がメディアの仕事などを通じて出会ったトランス女性の多くは、女性を自認するに至った大きな理由として「身体に対する強い違和感」について語っていたんです。私自身は当時、日常生活を送るうえでそこまで明確で強い身体違和があったわけではなかったので、「ということは、自分は女性ではないのかな」と思っていて。医療的措置を切実に望んでいたわけでもないし、その時点で一番自分にしっくり当てはまる「ノンバイナリー」を自認していました。
でも、アメリカを拠点に活動しているとあるトランス女性の方と出会ったことで、その印象が大きく変わりました。彼女が「どんな身体の状態でいたいか、自分の身体をどう変化させたいか、あるいはさせたくないかは、当事者のあいだでも本当にグラデーションのように異なっていて、人それぞれなんだ」という話をしてくれて。とくに性別適合手術自体が、すべての人が望んだ通りにアクセスできるものではない現状があるのも確かだから、「『性別適合手術をしていない=不完全』ってわけでもないよね」って。その話を聞いたときに、ハッとさせられました。
加えて自分の中で決定的だったのが、友達が下着ブランド「HEAP」を立ち上げたことでした。それがきっかけで、ブラジャーを初めて身につけたんです。鏡で少し胸が膨らんだ自分のシルエットを見た瞬間に、しっくりきたんですよね。「え、私、これめっちゃほしかったかも……!」みたいな。新しく自分の前に現れたそのシルエットに、すごく心地よさを感じて。

社会に最初から選択肢が用意されていなかったから、自分がそれを求めているということすら気づけていなかった。想像できなかっただけなんだなって思いました。それ以降は、「自分の望むもの」の輪郭が少しずつ見えてきて。いまは「こうではない状態にしたい」「これがほしい」という具体的な感覚が芽生えてきています。
そのあとは、社会的な関わり方をいろいろと試していくなかで、女性として生きることに対する安心感や居心地のよさが自分のなかにあると気づくことができて、トランス女性としての自認に自然と移行していきました。
——ノンバイナリーというアイデンティティをオープンにされていた時期があったうえで、トランス女性としてカミングアウトをすることについて、葛藤はあったのでしょうか。
そうですね。とくにトランス女性に対する差別が強まっているなかで、自分もそうしたヘイトにさらされることになるのではないかという恐怖がありました。また、「ノンバイナリーだった時期が、トランス女性にたどり着くまでの『ただのプロセス(通過点)』のように思われてしまうのではないか」という懸念もありました。
ノンバイナリーであると公言していた時期には、周囲から「結局、男か女かどっちかなんでしょ?」と言われることも多くて。だからこそ、私がトランス女性としてカミングアウトすることで、「ほら、やっぱり(男女の)どっちかになるんじゃないか」と、ジェンダー二元論的な偏見に回収されてしまうんじゃないかと考えていたんです。

でもいま振り返ってみても、あの時期の私は本当にノンバイナリーでしかなかったと思うし、「生まれてからずっとノンバイナリーで、そこから女性にトランスした」という感じがしています。
私はたまたま、ゲイだとカミングアウトして、ノンバイナリーだとカミングアウトして、トランス女性としてカミングアウトして……というパターンだったけど、今ノンバイナリーを自認している人たちは確実にノンバイナリーなので。ノンバイナリーであることは、必ずしもどこかへたどり着くまでのプロセスじゃないということは、これからも言い続けていきたいと思っています。
映画『This is I』が示す、夢に満ちたトランス女性像
——小百合役で出演されたはるな愛さんの半自伝映画『This is I』は、まさにトランス女性を主軸にした作品ですね。「困難」や「悲劇」的な部分が強調されがちだったトランス女性の生が、輝かしく、そして愛らしく描かれている点が大きな魅力だと感じました。
出来上がった作品を観たときに、「これが観たかったんだ!」って強く感じました。全然暗くないんですよね。エアミュージカルという手法の特性もあると思うのですが、いい意味で「クィア版ハイスクール・ミュージカル」かと思ったくらい、テンポよく話が進んでいくし、ワクワク感と多幸感にあふれている。
これまでクィアの視聴者の多くは、シスヘテロの恋愛を描いた作品のノリや構成に、自分たちの解像度を無理やり合わせて受容してきたと思うんです。今回の映画はそうしたチューニングをしなくても、そのまま物語に入っていける。きっと当事者にとっては観やすかったんじゃないかな。
——そうですね。適切な表象かどうか以前に、描かれる機会そのものが少なかったからこそ、自分なりの解釈を通じて、既存のエンタメのなかに共感できるキャラクターやストーリーを見出してきた人は多いと思います。
トランス女性が主役の作品自体、いまの日本にはまだまだ少ないですよね。多様なトランス女性のあり方を描くまでに、きっといくつかのフェーズを経ていく必要があると思っています。今回の作品も海外に比べたら、足りないところや描き切れていない部分はもちろんたくさんある。
それでも『This is I』は、新しく画期的な作品だったと感じています。とくに重要だったのが、夢を抱いてキラキラ生きているトランス女性を描いたということなんだろうな、と。当事者の俳優を起用することも含めて、トランス女性を主軸にした作品づくりの「次のフェーズ」に進んだ感覚がありましたし、これをきっかけに、トランス女性の表象がもっと豊かになっていってほしいと思っています。

社会を変えていくために、休む方法を身につける
——ライター、フォトグラファー、編集者、そして俳優と多様なキャリアを歩むなかでも、LGBTQ+を始めとしたマイノリティの人権というテーマは、一貫して虎鉄さんの活動と結びついているように思います。
そんななかポッドキャスト「take me high(er)」のご出演回では、アクティビズムからいったん身を引いて、自身のやりたいことと向き合ってみるような「休息」の期間についてもお話しされていました。そうした「休息」に至った経緯や、そのときに考えていたことがあれば教えていただきたいです。
活発にアクティビズムに関わっていた時期には、人前に立ってスピーチをして、それがSNSで拡散されて、「自分の言葉が社会に届く」ということを実感して……と、意義のある経験ができたと思っています。あのとき声を上げたことについてはまったく後悔もないし、いまもなお現場で声を上げ続けている人たちに対しては、リスペクトの気持ちでいっぱいです。
ただ、自分自身の「休息のとり方」を持たないままで矢面に立ち続けたり、社会の課題について考え続けたりしていたあの頃の自分は、危険な状態にあったということにも気づいたんです。当時は自分に対してはもちろん、まわりの友達に対してもどんどん厳しくなってしまっていて……。本来闘うべき差別的な構造やシステムとは違う方向に、怒りの矛先を向けてしまっていました。それで「これ、私の本望じゃないな」って強く感じて、いったんお休みをとることにしたんです。
——具体的にどのように「お休み」されたのでしょうか?
まずはデモに行くことや、SNSで政治的なメッセージを発信・リポストすることを意識的にストップしました。もちろん社会で起きていることはチェックし続けているし、声を上げる人たちのことを応援しているけれど、自分がプレーヤーとして動くのはひとまずお休み、ということで。
それから、空いた時間でどうやって自分を取り戻すかを考えました。休息の方法なんて最初はわからないから、料理をしたり、植物を育てたり、編み物をしたり……とにかく色んなことに挑戦してみて。
あとは自分が幼かったときに「男だから」みたいな規範の影響でできなかったこと、たとえば少女漫画を大人買いして読んでみるとか、ビキニを着て海に行ってみるとか、そういう今まで「自分にはできない」と思い込んでいた些細なことにチャレンジしていきました。
それまでの私は「社会の変革につながること以外、やってたって意味がない」ってずっと思い込んでいたから、個人的で小さな挑戦をまったくしてこなかったんですよね。でも実際にそれを始めてみたら、「人生のすべてに意味を持たせなくても、自分が心地いいって思えたらいいじゃん」って捉えられるようになった。「アクティビズム以外の部分で、自分が好きだと思えるものごと」の輪郭は、今も模索中ではありますが、4年ほどかけて少しずつできあがってきていると思います。

正直、いまも現場で声を上げ続けている人たちに対して、申し訳ない気持ちが生まれることもあります。私もデモにめちゃくちゃ行っていた時期は、参加しない友達に対して内心「なんで来ないの?」って思っていたから。いま自分が行けていないとき、そう思われても仕方ないのかも、と考えることもある。
だけど、全員が自分の心を守らないと、結果的に誰も闘えなくなっちゃうとも思っています。本当にこれからも長く長く続く闘いだからこそ、代わりばんこに休んで、代わりばんこに闘っていくしかない。
社会的な正しさと、個人のケアのバランス。この矛盾みたいなものは、きっとこれからもクリアに解決できることはなくて、人生をかけてずっと抱えながら生きていくんだろうなと思っています。
【おまけ】プライド月間にお家でゆっくり自分を整える、虎鉄さんおすすめの3作品
6月のプライド月間は、ちょうど梅雨の時期とも重なります。雨の日にお家にこもって、擦り減った心を回復させるために——虎鉄さんが推薦してくださった、お気に入りのエンタメ作品を3つご紹介します。
タイの恋愛リアリティ番組『LOVE(X)』
WeTVで視聴可能/2025年公開/全10エピソード
虎鉄さんからのコメント
一見すると男女が集まるよくある恋愛リアリティーショーの形式なのですが、実は全員セクシュアリティがバラバラな状態でスタートします。参加者たちの性のあり方の揺らぎや多様な恋愛観がとても自然に映し出されていて、愛にまつわる「こうあるべき」という規範を緩やかに壊していく最高な番組です。
山田由梨 著『ぜんぜんダメでパーフェクトなわたしたち』
KADOKAWA/2025年11月10日発売/192ページ
虎鉄さんからのコメント
作家・演出家・俳優として活躍する、友人の山田由梨ちゃんのエッセイ集です。私も冬季うつがあって、彼女とよく「マジしんどいね」って話をしていて(笑)。季節の変わり目のうつうつとした時期や、雨が続いて動きたいのにどうしても身体が動けない日など、「ちゃんとできない自分」をそのまま肯定し、寄り添ってくれる、おすすめの一冊です。
TVアニメ『ガンバレ!中村くん!!』
各種配信プラットフォームで視聴可能/2026年放送/全13話
虎鉄さんからのコメント
10代の頃の不器用でクィアな片思いの体験を、ポップで甘酸っぱく描いた素晴らしいアニメ作品です。相手のセクシュアリティは分からないけれど、自分のあり方には気づき始めていて、「友達でもいいから近くにいたい」と願うあの感じ。クィアの子たちが抱きがちな幼かった頃の葛藤を「暗黒期」としてじゃなく、愛おしかった思い出として抱きしめ直してくれるような感覚があり、観ていて温かい気持ちになります。
(写真:中里虎鉄、文章:𠮷元咲、編集:伊藤まり)