結婚して夫の姓になった私が思うこと – 選択的夫婦別姓と家父長制を考える
現在の日本では夫婦別姓を選択することはできず、必ずどちらかの名字に変更する必要があります。「選ぶのはどちらの姓でもいい」という決まりですが、実際には9割以上の女性が名字を変更しています。
日本では、長らく選択的夫婦別姓を望む声が上げ続けられていますが、未だ実現していません。
もちろん結婚に際して、名字を変えることに抵抗のない人も多くいるでしょう。しかし一方、お互いの名字をそのままに結婚したいと考えているカップルも多くいます。「結婚後も名字を変えたくない」と感じる理由は人それぞれです。
今回は、結婚するときに名字を変更したとある女性の体験談を通して、選択的夫婦別姓から結婚にまつわる家制度の名残とその問題点について考えていきます。
選択的夫婦別姓が求められる理由
結婚するときにどちらの名字を選ぶかは法律上は夫婦間の自由なのですが、実際に結婚する女性のうち96%(※)が名字を変えています。
当然、結婚に際して名字を変えることに抵抗のない人も多くいますが、一方でさまざまな理由から夫婦別姓を望む人がいます。
また今回のマンガでご紹介したように、実際に名字を変えてみて初めてその負担の大きさに圧倒される方も多いのではないでしょうか。
たとえば身分証や銀行口座等の名字変更に伴う煩雑な手続きや費用。
旧姓での仕事の実績がある場合には、名字が変わることでそのキャリアとの紐付けが難しくなってしまうこともありますし、仮に通称名を使えるとしても不便や負担は決して少なくありません。
また、名字を自分のアイデンティティの一部と捉えている人も多く、そうした人にとって名前を失うということは、精神的な苦痛も大きなものです。
そして今の法律では夫婦別姓を選択することはできないため、結婚する上で必ずカップルのどちらかは、これらの犠牲を負わざるを得ません。これは、「強制的夫婦同姓」制度と言い換えることができます。
こうした数々の物理的・精神的・経済的な負担が9割以上のカップルで女性に偏ってしまっている現状…。
実はこの夫婦同姓の強制、日本社会の「家制度」という性差別的な制度とわかちがたく結びつき、現在においても性差別的な価値観を強化している側面があるのです。
「結婚する=入籍」は実は間違い!
「実は先日入籍しました!」
「籍はまだ入れていないの?」
このような表現を、ほとんどの人が一度は目にしたことがあると思います。「婚姻届を出すこと=入籍」と認識している人も多いのではないでしょうか?
実はこれは間違った使い方なのです。現在の日本の法律では結婚するとき、「2人はそれぞれが元々の戸籍から抜けて新たな戸籍を2人で作る」とされています。
しかし日本における戦前の結婚制度は、現在の形とは大きく違いました。
戦前の結婚は、個人の結婚というよりは家同士の結婚。「家制度(家父長制)」のもとで、妻は実家の戸籍を抜け出て夫の実家の戸籍に入る(=入籍)という形がとられていました。そして当然名字も、妻が夫の名字に変える仕組みとなっていたのです。
しかし、まれに婿養子という制度が使われることもありました。これは「家」というのは基本的に男子によって継がれることが関係しています。
もし妻側の実家に男子がいない場合、妻が結婚によって実家の籍を抜けると妻側の「家」が絶えてしまうことになります。そこで妻側の「家」が、夫となる人を養子として迎え入れたうえで結婚する、婿養子という制度が使われていたのです。「家制度」のなかで最も重視されるのは「家」。この場合、夫となる人が妻の「家」に入るため、名字を妻のものに変えることになります。
現在の日本ではこの婿養子や入籍という制度が結婚に際して使われることはほとんどありません。
入籍という言葉を「妻が夫の家(戸籍)に入る」という意味で使うことは少ないかもしれませんが、女性が名字を変えることを当然視する風潮の背景には、このような古い家制度の名残があるのです。
当然視される、女性の名字変更
結婚に際して妻が名字を変更する。
今回のマンガの主人公が感じていたように、妻が名字を変えるスタイルが現代においても「普通の結婚」とされていることは否定しがたい事実です。実際に9割以上の女性が結婚に際して名字を変更しています。
その「普通」があるからこそ、妻の名字に変えるという「普通とは違う結婚」を選ぶと、「どうしてそうしたの?」と問われ、「妻の名字が珍しかった」「自分の名字が嫌だった」などの理由が求められます。「婿養子になったの?」と聞かれる場合も多いですよね。
また、女性が名字を変えないことを希望すると、「わがまま」と受け止められたり、逆に名字を変更しようとする男性は「妻の言いなりになる情けない男性」と見なされてしまうこともあります。
家制度の中では、「夫が家長となり妻はそれに従うもの」という家族のあり方が一般的でしたが、こうした側面からも未だに古い家制度が私たちの価値観に大きな影響を与えていることがわかります。
「選択的」夫婦別姓とジェンダー平等の実現にむけて
日本では、長年にわたって選択的夫婦別姓を求める運動が行われてきました。夫婦別姓を選べない日本の現状は、国連からも度々「差別的である」と是正勧告を出されています(※1)。個人の不便さをなくすためだけでなく、日本に根強く残る「家制度」とそれに基づく女性差別を変えたいという意味を持って活動してきた方々も多くいます。
もちろん、名前を変えることに抵抗のない方もいます。そして望んで夫婦同姓にするカップルも、同姓にした上で対等な関係で生活をしているカップルも多くいるでしょう。しかし、夫婦別姓を望む人がいるのであれば、それは選択肢として確保されるべきではないでしょうか。
「選択的」夫婦別姓は、別姓を望む夫婦が別姓にすることができるというもの。同姓を望む夫婦はこれまで通り同じ名字で夫婦になることができるということです。
朝日新聞が2020年に実施した世論調査では、選択的夫婦別姓について69%が「賛成」と答え、「反対」24%を大きく上回りました(※2)。
多くの人が選択的夫婦別姓を望んで久しい今日においても、未だに実現しないのはなぜなのでしょうか?
そして今回のエピソードからもわかるように、古い「家制度」の名残である夫婦同姓の強制は、現代においても個人よりも「家」を尊重する空気を増長し、性差別的な価値観を温存させる一因となっています。
性差別的な価値観を解消し、誰もが性別によらず生きられる社会にむけて、この婚姻制度とそれにまつわる様々な背景をあらためて見つめ直し、アップデートしていきませんか?