クワロマンティックってなに?

近年、AロマンティックやAセクシュアルについての作品が増えてきたこともあり、「恋愛することが当たり前」という社会の雰囲気が少しずつ見直されるようになってきたと感じます。
そのような中でまだよく知られていないのが、
「そもそも誰かに恋愛感情を抱く、という気持ちがよくわからない」
「友情と恋愛感情の違いがわからない」
という人たちの存在です。
今回は、上記のような経験を包括するアイデンティティである「クワロマンティック(quoiromantic)」について紹介します。
クワロマンティックとは
クワロマンティック(Quoiromantic)とは、一般的に友情と恋愛感情の区別がない/わからないアイデンティティとして知られています。
クワロマンティックには、例えば
- 友情と恋愛感情の違いがわからない人
- 友情と恋愛感情の区別をつけない人
- 「誰かに恋愛的に惹かれる」という捉え方自体がよくわからない/自分に当てはまらないと感じている人
などが含まれます。
アンブレラタームとしてのAロマンティックに含まれることも多いクワロマンティックですが、「他者に恋愛的惹かれを感じない」ことと「恋愛的に惹かれるということ自体がわからない」という状態は、似ているようで違いますよね。
クワロマンティックを自認する人の中には、恋愛的指向という考え方自体に違和感を抱いている人もおり、このラベルをどう捉えているかは個人によって異なります。
クワロマンティックと一口に言っても「絶対的な定義がある」というわけではないため、それぞれの感じ方や表現を尊重することが大切です。
どうやって生まれた言葉?
クワロマンティックというアイデンティティは、当初は「WTFロマンティック(WTF romantic)」と呼ばれていました。
WTFとは「What the fxxk」の略で、「なんてこった」「一体全体なんだこれは」というような意味を持ちます。(強い言葉が含まれているため、使うときは注意が必要です)
「WTFロマンティック」は、性的指向と恋愛的指向とを分けて捉える考え方(スプリット・アトラクション・モデルとも呼ばれます)が主流になってきた2000年代のAセクシュアルコミュニティの中で生まれました。
この言葉を最初に使い始めた人は、「自分の恋愛的指向がわからないだけでなく、そもそも “恋愛的指向”が一体どんなものであり、どう定義すればいいのかわからない」と感じており、「従来の恋愛的指向というカテゴリーに自分を当てはめることを諦めた」という自身のあり方を表すために「WTFロマンティック」を名乗っていました。
その後「WTFロマンティック」では発音がしづらいということで、代わりの名称として考案されたのが、フランス語で「何(what)」を意味する「quoi」を用いた「クワロマンティック(quoiromantic)」です。
はじめは「“恋愛的指向”や“恋愛的惹かれ”という捉え方自体が自分に当てはまらない」という苛立ちを表すために使われ始めたクワロマンティックでしたが、同じように感じている人たちの共感を呼び、その定義はコミュニティの中で繰り返し見直されています。
日本では「友情と恋愛感情の区別がない/わからないアイデンティティ」という理解が一般的ですが、最近では上記のような言葉の成り立ちを踏まえた「『恋愛的魅力』(romantic attraction)や『恋愛の指向』(romantic orientation)といった概念自体が意味をなさない・適さないと感じるアイデンティティ」(中村 2024: 123)という定義も紹介され、浸透しつつあります。
もちろん、「クワロマンティックはこうでなくてはいけない」という決まりはありませんし、上述の通り、自認する本人の感じ方が尊重されることが大切です。
*クワロマンティックの由来について日本語で詳しく知りたい方は、中村香住さんによる「クワロマンティック宣言――『恋愛的魅力』は意味をなさない!」(現代思想2021年9月号 特集=〈恋愛〉の現在収録)がおすすめです。
クワロマンティックに対する誤解と偏見
日本社会では、恋愛を「誰でも経験して当たり前のもの」とする考え方がまだまだ根強いため、クワロマンティックの人々はしばしばその経験を否定されてしまっています。
以下では、クワロマンティックの人に対して投げかけられてしまいがちな、よくある誤解や偏見について説明していきます。
「ただの言葉遊びでしょ?」「そんなラベル必要?」
クワロマンティックは、他のセクシュアリティのラベルと同様に、 「当たり前」から外れたあり方を理解し、肯定するために必要とされてきました。「自分はおかしいのかもしれない」という不安を和らげ、自身の経験や感じ方について安心して受け止めることに役立つ重要な言葉であり、「ただの言葉遊び」ではありません。
「今は混乱してるだけ」「きっとわかるようになるよ」
クワロマンティックを自認する人に対して、未熟さと結びつけたり「時間が解決する一時的な混乱」とみなしたりして軽視する考え方も根強く残っていますが、これも誤りです。
「恋愛感情がわからない」ことは、必ずしも「混乱状態にある」というわけではありません。むしろクワロマンティックは「わからない状態を受け入れている」という明確なアイデンティティとも言えます。もちろん、すべての人の性のあり方は時と共に変化する可能性はありますが、「今、現時点でその人がどのような性のあり方を自認しているか」を尊重することが大切です。
「恋愛に無関心なら、誰とも深い関係を築けないのでは?」
クワロマンティックを自認する人も、深い友情や信頼関係、親密なパートナーシップを求めることがあります。それが恋愛的な要素を含むかどうかは本人次第ですが、恋愛が親密さの唯一の形ではないように、恋愛感情がわからないからといって「誰とも親密になれない」わけではありません。
まとめ
クワロマンティックというアイデンティティやその言葉の成り立ちを知ることは、「当たり前」とされる枠組みに当てはまらない経験や感じ方に気づいたときに、自分のあり方を否定せずにいられる手がかりになるかもしれません。
人によって、他者への好意の抱き方や、関わり方は異なります。恋愛をする人もしない人も、「わからない」という人も、それぞれのあり方が肯定される社会になることを望みます。
参考
- https://writingfromfactorx.wordpress.com/2011/05/22/writhing-in-the-throes-of-unrequited-like/
- https://epochryphal.tumblr.com/post/92905714207/quoiromanticsexual
- https://theacetheist.wordpress.com/2019/01/04/quoiro-wtfromantic-a-brief-timeline-of-disidentification-with-personal-rejection-of-romantic-orientation/
- https://wiki.asexuality.org/w/index.php?title=WTFromantic
- 中村香住,2021,「クワロマンティック宣言――『恋愛的魅力』は意味をなさない!」『現代思想』49 (10),60-69.
- 中村香住,2024,「クワロマンティックという生き方の実践」(高橋幸・ 永田夏来編)『恋愛社会学: 多様化する親密な関係に接近する』123-124.