【マンガで解説】自信を持てたAセクシュアルの話
自分の性のあり方をぼんやりと認識しているものの、「本当にそうなのか自信が持てない。自分っていったいなんなんだろう…?」と思っている人は多いかも知れません。
今回マンガで紹介するエピソードは、Aセクシュアルであることをカミングアウトしてから、自信を持つことができるようになったというもの。
本記事では、Aセクシュアルについてあらためて知ることから出発し、「自分の存在に自信を持つ」という経験、そして「ラベリング」という行為が持つ意味について考えてみたいと思います。
Aセクシュアルとは?
Aセクシュアルの定義としては、『アセクシュアルの可視性と教育のためのネットワーク(AVEN)』による「性的惹かれ(sexual attraction)を経験しない人」という文言がよく引用され、反対に性的惹かれを経験する人は「アローセクシュアル(Allosexual)」と呼ばれます。
ただし、性的惹かれをまったく経験しない人と性的惹かれを完全に経験する人との間にはグラデーションが広がっており、その両極端のどちらにも振り切らないあり方を指すセクシュアリティも存在します。
・デミセクシュアル:強い感情的な絆を感じた相手にのみ性的な魅力を感じる
・グレーセクシュアル:Aセクシュアルという言葉の定義に厳密には当てはまらないけれど一致する部分があると感じる
そのため、上記のような人々を包括するアンブレラタームとして「Aセクシュアル」あるいは「エース(ACE)」という言葉が用いられることもあり、こういった場合Aセクシュアルとは、「性交渉、性的実践、そして人間関係における性交渉の役割などについて無関心であったり嫌悪感を抱いていたりする人」(Przybylo 2011: 182)を指すと言われています。
Aセクシュアルは性的な接触と距離を置くため、しばしば「あえて自分で性的な事柄を避けている」禁欲主義や独身主義と混同されてしまいがちですが、他の性的指向と同様に、個人の選択に左右されるアイデンティティではありません。
また上述の通り、Aセクシュアルと一言で言ってもそのあり方は人それぞれ異なります。たとえば、性的な接触そのものに対して嫌悪感を持つのか、嫌悪感はなく、積極的に求めないタイプなのか。または具体的な性的な接触の形(キス、ハグ、セックスなど)によっても受け止め方が変わるかもしれません。
セクシュアルノーマティビティとAセクシュアル
「セクシュアルノーマティビィティ(sexualnormativity)」とは、Aセクシュアルの当事者による運動・研究の過程でできた概念で、性的惹かれを経験することを「人としての成熟」や「健康」と結びつけ、カップル関係や愛、親密さにおいて、他のどんな関係や接触よりもセックスが重要なものであるとみなす規範を指します(*1)。
このような規範が浸透した社会で、Aセクシュアルの人々はさまざまな場面で “普通ではない存在”として扱われることを経験しています。
たとえば、「性欲を無理にがまんしている」と勘違いされたり、他者から勝手に「どこかがおかしいのではないか/トラウマを抱えているのか」と勘繰られたり…。時には「きっとこれからいい相手に出逢えるよ」と、元気付けられてしまうこともあります。
最近は少しずつ、このような価値観が問い直されることも増えてきましたが、Aセクシュアルはまだまだ社会の中で「いないことにされる」ことの多いセクシュアリティの1つです。
「ラベリング」って悪いこと?
今回紹介したマンガは、主人公が友人へのカミングアウトを通じてAセクシュアルであることに自信を持ち、「プライド」を実感する内容でしたが、「ラベリングすること」自体がよくないことと思われていることもしばしばあります。
例えば、
「ラベルを貼ることは “多様性”に反するのでは?」
「みんな違ってみんないいんだから、わざわざ名前をつけなくてもいいんじゃない?」
などの言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか?
たしかに特定のラベルを使うことで、そこからセクシュアリティの多様さや流動性がこぼれ落ちてしまう可能性があることは事実です。また、「あえてラベルを使わないことが心地よい」と感じている人々もいます。
しかし、まだまだ異性愛が前提とされがちな日本社会において、マンガ内でもあったような「自分は一体なんなんだ?」という不安を和らげ、似たような経験を持つ仲間と繋がるきっかけになるという点で、ラベリングという行為がお守りのような役割を果たしているとも言えるかもしれません。
さらに、これまで「ないこと」にされてきた性のあり方や、逆に「当たり前」とされてきたことに名前をつけることによって、社会の規範やそれによって起こる抑圧や生きづらさの実態についてあらためて考え直すことができるようになります。ラベルという形で可視化されることで、構造を変えるための一歩を踏み出すことができるのです。
性的な惹かれを「当たり前」とすることに疑問が投げかけられ、セクシュアルノーマティビティという概念が発達したきっかけも、Aセクシュアルというラベルを同じくする人々が集い、それぞれの体験が広く共有されるようになったからです。
もちろん上述の通り、特定のラベルを使うことがすべての人にとっていいとは限りません。アイデンティティについて、個人が望むままに曖昧さをそのままにしておいたっていいはずです。しかし、だからと言ってラベルを必要としている人が存在し、ラベリングという行為に上記のような意味があることは変わりません。
マンガの主人公は「自分はこうなんだ」という意思表示をすることを通して「プライド」を感じることができました。「プライド」を感じられる過程は人によって様々だと思いますが、「自分は一体なんなんだろう?」と感じているすべての人の不安が少しでも解消され、誰もが自分のあり方に「プライド」を持ってすごせる社会にしていきたいですね。
パレットークの「あちゃこちゃらじお」#5では、Aセクシュアルと恋愛至上主義について取り上げています。こちらもぜひあわせてご視聴ください。
*1)強制的性愛(compulsory sexuality)やセクソサエティ(sexusociety)、セックス・ノーマティヴ文化(sex-normative culture)、性的思い込み(sexual assumption)なども同様の使われ方をしている概念です。
参考
https://www.asexuality.org/?q=overview.html
Przybylo, Ela, 2016, “Introducing Asexuality, Unthinking Sex,” Introducing the New Sexuality Studies, 181-191.
松浦優,2020,「アセクシュアル研究におけるセクシュアルノーマティヴィティ(Sexualnormativity)概念の理論的意義と日本社会への適用可能性」西日本社会学会年報,18: 89-101.