レズビアンとは?意味とよくある誤解・偏見について

避けたほうがよい呼称や、「女性同士」だからこその困難

レズビアンとは、性的、恋愛的、感情的な魅かれのどれか、もしくはすべてを女性に対して感じる女性を指す言葉です。

この記事では、パレットークに寄せられた体験談をマンガ形式でとりあげつつ、「レズビアン」の意味や、避けたほうがいい呼称、よくある誤解や偏見まで、わかりやすく解説します。

レズビアンとは?

レズビアンとは、感情的、恋愛的、性的な惹かれのいずれか(あるいはすべて)を女性に対して感じる女性を指す言葉です。

簡単に言い換えると、レズビアンとは、「女性に惹かれる女性(女性同性愛者)」を包括するアイデンティティのラベルといえます。

ただし、女性に惹かれる女性が皆レズビアンを名乗っているとは限りません。たとえば、自分のことを「gay(ゲイ)」や「gay woman(ゲイ女性)」と呼ぶ人もいます。

※「gay(ゲイ)」は日本ではおもに「男性同性愛者」を指すときに用いられる呼称ですが、英語圏では、女性同性愛者も含めて使われることがあります。

性のあり方をどのように言葉にするのかは、本人次第です。誰かに対して勝手に「レズビアンだ」と決めつけるようなことは避けましょう。

マンガで見てみよう①:「レズ」は使っちゃダメ?避けたほうがいい呼称について

マンガ 1ページ目
マンガ 2ページ目
マンガ 3ページ目
マンガ 4ページ目
マンガ 5ページ目
マンガ 6ページ目

レズビアンの略語である「レズ」という言葉。最近でも耳にすることが多く、悪気なく「単なる短縮形」と思って使っている人も多いかもしれません。

しかし、「レズ」という表現は、歴史的にレズビアン当事者に対して差別的な意味合いをもって使われてきた経緯があります。そのため、基本的に避けるべき表現です。

たしかに当事者のなかには、自分のことを「レズ」と表現する人もいます。また、レズビアンのコミュニティ内で親しみを込めてこの呼称が使われるケースもあります。

しかし、当事者が自分たちに対していわゆる「蔑称」とされる呼称を使っているからといって、第三者がその言葉を使っていい理由にはなりません。

ある人が特定の呼称で呼ばれることに対して嫌な気持ちにならなかったとしても、他の人も同じように感じるかといえば、そうとは限らないですよね。実際に第三者から「レズ」と呼ばれて嫌な気持ちになる当事者も多くいます。

またそもそも「自ら名付け、名乗ること」と「誰かから名付けられ、呼ばれること」との間には大きな違いがあります。蔑称として使われてきた言葉をあえて当事者が自称するという行為には、「マジョリティによって一方的に分類・意味付けされることを拒否する」という意図がある場合もあります。

上記のような理由から、パレットークでは「レズ」という表記を使用していません。

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マンガで見てみよう②:レズビアンと交際経験

同窓会での会話 「皆なつかし〜もう5年ぶり?」「7年7年」「老けるわ〜」「うちの上司の話聞いてよ〜」 近くの会話が聞こえてくる 「てか楓、今〇〇で働いてるらしいよ〜」 「まじ?楓ちゃん頭良かったもんね」 葵「楓...」
ドリンクを飲みながら回想する葵「久しぶりに名前聞いたな...」 私が「自分はレズビアンかもしれない」と思い始めたのは、高校生の頃だった。
でも、女性が好きなんだとカミングアウトしても、否定されたり。。。 同級生「葵さんってさ、男性と付き合ったことある?だからレズビアンだと思うんじゃない?男性と付き合ってみたら?」 沈黙する葵
レズビアンバーに来た葵 居合わせた女性「レズビアンバーって初めてですか?」 葵「ええ、今まで来たことなくて...」
近くの席の女性たちの会話 「最近彼女とどうなの?」 「聞いてよ元カノがさ〜」 「まじ?ヤバ女じゃん」 居心地の悪そうな葵。ひとりお酒をすする レズビアンの輪に入ろうとしても、恋愛をしていない私は入れない気がして、なかなかできなかった
自分のことをレズビアンだと思っているのに、女性との交際経験がないとレズビアンと名乗ってはいけないような気がしてずっと怖かった せめて「だれにも疑われない、レズビアンとしてのアイデンティティ」を持ちたいと焦っていた
廊下で告白する葵「あ、あのさ...付き合わない?私たち...!」
振り返って笑う楓「...うん、いいよ」 そんな私が大学時代に告白したのが、同じレズビアンで友人の楓だった
温かい飲み物を片手に冬の街を歩く葵と楓 肩がぶつかり、自然と恋人繋ぎをする
「女の子と付き合えている自分」... 「これで私もちゃんとレズビアンだ」と思えた気がして嬉しかった
でも... ある日の二人。楓がそっぽを向きながら尋ねる。 楓「葵はさ、ほんとに私のこと好きなの?」
現在。同窓会から帰宅した葵 「ただいま〜」 ジャケットと荷物を置いて伸びをする
コーヒーを淹れながら考える葵 あの頃は「レズビアンであることの証明」みたいに付き合って、相手のこと全然考えられてなかったな...
マンガや映画に出てくるような、かわいい彼女がいて、素敵な家に一緒に住んでいて... そんなレズビアンになれば、周りから受け入れられるような気がしてた
お湯を注ぎながら でも、別に全員がそうってわけじゃないし、 「周りから受け入れられやすいレズビアン」に無理やりなる必要もない
ソファーに座ってコーヒーを飲む葵 レズビアンだって多様だ 高齢な人、障害のある人、子育て中の人、誰にもカミングアウトしてない人... もちろん現在シングルな私も...
私は今のところ、これからもレズビアンという自認で生きていく 「レズビアンであることを証明しなきゃいけない」 そんなプレッシャーに傷ついてきたり、誰かを傷つけてきた過去の自分もひっくるめて おわり

マンガの中では、主人公が「 『誰にも疑われないレズビアンとしてのアイデンティティ』を持ちたい」というプレッシャーにとらわれていた経験を振り返っています。

日本社会では、制度的にも意識的にも異性愛が前提とされていることがほとんどです。

そのため、セクシュアルマイノリティの人たちに対して性のあり方を「証明」するよう求めるような風潮がまだまだ残っています。

しかし、セクシュアリティは「どんな相手と付き合ったか」ではなく、「どんな相手に惹かれるか」を表すものです。恋愛や性的な経験がなくても、本人が持つ感覚は誰にも否定できません。

また、「女性との恋愛経験がある=本物のレズビアンである」のような考え方は、他者に恋愛感情を抱きにくい人や、恋愛の機会が限られている人の存在も見えなくしてしまいます。

たとえば、アロマンティックやアセクシュアルであり、同時にレズビアンであるという人も存在しますよね。

大切なのは経験の数ではなく、自分がどう感じているか、そしてその感覚をどう表現したいか(もしくはしたくないか)なのではないでしょうか。

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レズビアンに対する誤解・偏見

映画やドラマでも、少しずつレズビアンのアイデンティティを持つキャラクターが描かれるようになってきましたが、「レズビアンと言えば〇〇」といった画一的なイメージや、誤解・偏見・差別が広がってしまっていることも事実です。

以下では、レズビアンに対して持たれがちな誤解や偏見について解説します。

「女性なら誰でもいいの?」「私のこと狙わないでね」

性的指向とは、「惹かれる可能性のある対象の性別」を示すものです。異性愛者がすべての異性を好きになるわけではないのと同様に、レズビアンであるからといってすべての女性に惹かれるわけではありません。

「男性にモテないから/良さがわからないからレズビアンになった」

個人の性のあり方は、本人が何かをあきらめた結果や、経験不足によって決まるものではありません。セクシュアリティは流動的なものではありますが、思い通りに『選択』できるものと考えるのはまちがいです。

また、「レズビアン=男嫌い」という決めつけも根強く残っていますが、これを異性愛者に置き換えて考えてみると「異性愛者は同性が嫌いだから異性を好きになる」わけではありませんよね。

「女性同士ならパートナー間で性的なことはしない」

これは、「女性は性的なことに主体的でない」という思い込みと、レズビアンをはじめとする女性間の関係を非現実的なまでに理想化することによって生まれる偏見です。

パートナー間で性的な行為を行うかどうかは、カップルごとの選択や価値観、関係性によります。そしてもちろん、「性的行為の有無」によって関係の深さや本物かどうかを測ることもできません。

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レズビアンとステレオタイプ

近年「LGBTQ+」という言葉も広まってきて、「レズビアン」という性のあり方について知っているという人も増えてきたように思います。

しかし日本ではレズビアンであるとカミングアウトしている芸能人も、レズビアンを描いた作品も限られた数しか存在していないのが現状です。

つまり、多様なレズビアンのあり方について、公に表現される/語られる機会が限られているということ。

そのため前章で紹介したように「ボーイッシュ」や「男嫌い」など、まだまだステレオタイプ的なレズビアン像を鵜呑みにしてしまっている人も少なくありません。

特に異性愛者の男性の間には、レズビアンという存在や女性同士の親密な関係を理想化/幻想化し、性的に消費するような風潮が根強く残ってしまっています。

レズビアンであるということを公表している有名人が少ないのも、こうしたレズビアンに対するステレオタイプや性的に消費するような視線が影響していると言えるかもしれません。

そうなるとカミングアウトができるのは、比較的社会的地位が守られている人、たとえば経済的に安定している人や、海外で法的に女性と婚姻関係を結んだ人などに限られてきます。

ここまでをまとめると、下のような構図が見えてくるのではないでしょうか。

多様なレズビアンのあり方が表象されない
→レズビアンに対するステレオタイプやスティグマが放置&強化される
→現実からかけ離れた/ごく一部分のみを切り取ったレズビアン像が浸透
→カミングアウトや自認自体のハードルが上がり「疑われないレズビアンアイデンティティを得たい」という焦りにもつながる
→多様なレズビアンのあり方が表象されない(はじめに戻る)

このようなループは「 『わかりやすい』レズビアン像にあてはまらない人はレズビアンを名乗れない」という風潮を強め、レズビアン当事者の人々、そして「自分はレズビアンかも」と思っている人々の居場所を奪う要因になります。

こうした流れを繰り返さないためにも、ステレオタイプ的なレズビアン像の消費をやめ、多様なレズビアンの声を伝えていくことが必要なのではないでしょうか。

マンガで見てみよう③:異性愛中心の社会でレズビアンとして生きること

これは、私たち女性同士のカップルが体験したほんとの話。付き合って5年が過ぎ、まぎれもなく家族だと思える彼女と、戸籍上、他人のままではいたくない…家族として生きていきたい…そんな気持ちが定まったから、「同性婚ができるようになったら結婚する」ということを約束して、記念日に指輪を買いに行くことにした。いわゆるガチの結婚指輪!
女性ふたりで結婚指輪を選びにいって、そこであれこれ事情を説明したくなかったから、お店への予約メールは入念にしておいた。お店に「女性ふたりのカップルで自分たちの結婚指輪を買いにいきます」とメールしておくふたり。予約日当日、そろ〜っと店のドアを開けるふたり。店内のキラキラした指輪たちにドキドキする。
あゆみ、ドキドキするも心配そうに、「私たち、場違いじゃないよね…?」と杏奈に尋ねる。杏奈、「大丈夫!予約もしたんだし!」と元気づける。他の男女カップルに混じって指輪を眺めるふたり。杏奈、店員さんに声をかける。「あの、予約した宇野ですが…」。店員、「宇野様、お待ちしておりました」と笑顔で対応。ホッとするふたり。
あゆみ、ドキドキするも心配そうに、「私たち、場違いじゃないよね…?」と杏奈に尋ねる。杏奈、「大丈夫!予約もしたんだし!」と元気づける。他の男女カップルに混じって指輪を眺めるふたり。杏奈、店員さんに声をかける。「あの、予約した宇野ですが…」。店員、「宇野様、お待ちしておりました」と笑顔で対応。ホッとするふたり。
店員のその言葉を反芻するふたり。「ご高齢…」「ずっと一緒にいる私と杏奈ちゃん…」そんな自分たちを想像し、感極まる。「じゃあこれにします!」と勢いで指輪を選ぶふたり。店員も嬉しそうに「かしこまりました!」と返す。ただの営業トークだったとは思う。でも「高齢になるまで」この指輪をし続ける私たちのことを、見ず知らずの店員さんが考えてくれた…。あまりカミングアウトしてこなかった私にとっては、それがなおさら嬉しかった。
その日の夜、お店に感謝のメールを送る杏奈「同性ふたりで結婚指輪を買いにいきましたが、店員さんがとても親切に…」隣に座るあゆみ「杏奈ちゃんなにしてたの〜?」「今日行ったお店に感謝のメール」「律儀ですな〜」「でも、めっちゃいい店員さんだったね!」「うん…!」ふたりの左手の薬指には今日買った太いリングがはまっている。おわり。

日本社会は現在も、さまざまな制度が異性愛や従来の家族観を前提として設計されています。そのため、レズビアンをはじめとするセクシュアルマイノリティのカップルは、日常のあらゆる場面で「存在しないもの」として扱われたり、自身の関係性を肯定しづらい状況に置かれたりしています。

特に大きな課題となっているのが、法律上同性同士のカップルが法的な婚姻関係を結ぶことができない現状です。

どれほど長く人生を共に歩み、深く支え合っていても、法的な家族としての権利や保障を受けられません。病院での面会や医療同意、財産継承、税制上の優遇など、異性カップルであれば当たり前に享受できる制度から排除されていることで、将来に対する深刻な不安を抱えながら暮らしている人たちが多くいます。

一方で、当事者や支援者による訴訟や啓発、地方自治体によるパートナーシップ制度の広がりなどを背景に、多様なカップルのあり方を「当たり前のうちのひとつ」として捉える意識や空気感も確実に広がってきています。

このマンガに登場する指輪屋さんの店員のように、目の前の相手を尊重できる人がさらに増えていくことで、彼女たちをはじめ、共に生きるすべての同性カップルが法律上の結婚を選択できる社会に繋がっていくのではないでしょうか。

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マンガで見てみよう④:レズビアンカップルと未来。同性婚の法制化を求めて

60代女性の大江さんと小川さんが一緒に暮らしている家。大江モノローグ「もう30年以上、隣には彼女がいる」
小川さんが楽しそうに話しているのを笑顔で聞いている大江さん。大江モノローグ「しかし、このあたりのような時間がどれだけ続いても、私たちの関係は、法的には守られない」
1991年、高円寺。とあるお店で開かれているレズビアン交流会にて。大江さんが司会をしていると小川さんと目が合う。
ぺこっとお互いにおじぎをする二人。大江「えーっと、私は鳥が好きで…」小川「えっ!大江さんも鳥、好きなんですか?私も!」写真を見せ合っている二人「かわいい〜!」「これうちの子〜」大江モノローグ「インターネットが普及していなかったあの頃」
大江モノローグ「まだまだレズビアンが集まる場所は少なかったけれど、お店やコミュニティにチラシを置いてもらい、仲間たちに出会うことが一緒に時間を過ごすことができた。「あなただけじゃない」「いっぱいいるから」そう、声を掛け合ってきた」
付き合い始めた大江さんと小川さん。北海道の広い道をドライブしている。大江「わ〜〜〜気持ちいい〜〜〜!」小川「広大だねぇ〜〜〜」
車の中で地図を確認する二人。大江「あ、道間違えたかも?」小川「あはは、大丈夫!なんとかなるって!」大江モノローグ「彼女の普段よりも頼もしく見えてくる一面」
湖畔にたどり着く二人、景色に感動している。
大江モノローグ「この人といっしょにいると、安心する」小川「ねえ、これからも、いろんな景色、一緒に見たいね」
それを聞き、嬉しそうに手を繋ぐ大江「うん」大江モノローグ「この先も、ずっと隣で生きていきたい そう思った」
そして…。区役所にて、パートナーシップ制度を受けることができた二人。
当時の区報の様子。二人の写真が載っている。文章「行政に認められ…同性の“婚姻”宣誓書」近所の人「区報、見ました!おめでとうございます!」保護猫活動仲間「これよかったら!クッキーなんだけど、お祝い!」
もらったクッキーを食べている小川と大江。小川「嬉しいね」大江「うん」小川「それでも、国からは法的に守られないんだよね」大江「…うん」大江モノローグ「もう私たちも60代になる」
大江モノローグ「これからも、もしものことがあったとき、私たちが紡いできた30年以上の年月は、なかったことのように扱われるのだろうか。年齢を重ねてきた今、その不安はより大きなものになってきている」
大江モノローグ「若いうちから私は、婚姻制度自体へ違和感を持ってきた」昔の家制度と今も結びついている結婚の図。家制度の「男性の家に女性が嫁ぐ」「男性は稼いで女性は家事」が今の婚姻制度でもそのまま「認められていない選択的夫婦別姓」や「男性がメインで働くことを前提とした配偶者控除」に繋がっている図。大江モノローグ「制度自体の不平等さは少しずつ変わってきているけれど、まだまだ残る課題も多い」婚姻制度から改正されたもの一覧。2013年、婚外子相続差別。2022年、婚姻開始年齢。2024年、再婚禁止期間。
大江モノローグ「こうした婚姻制度に対して、同性カップルの私たちだからこそ開けられる風穴があるんじゃないか。私たちが声を上げることで、婚姻制度そのもののあり方について考え直すきっかけになると思うから。」
大江モノローグ「2025年12月現在、5つの高等裁判所(札幌、東京一次、名古屋、大阪、福岡)で、「同性婚を認めない民法や戸籍法の規定が違憲である」との判決が下されているけれど、政府はこれを受けても、一向に動こうとはしないし、12月には東京二次訴訟で「合憲」という判決が出てしまった。でも、私たちはもう待てない」
大江モノローグ「私たちのように、今すぐに同性婚が必要な人たちのために、立法を呼びかける動きが強まってきた。この勢いを止めないよう、住んでいる地域の国会議員に同性婚の必要性を伝えたり、署名をしたりなどのアクションが求められている」「結婚の自由をすべての人に」「Love is love」「婚姻の平等にYES」と書かれたプラカードを持つ人たちのイラスト。
大江モノローグ「法律上同性同士のふたりが結婚から排除される正当な理由などないということは、違憲判決がこれだけ出ている事実が物語っているのではないだろうか。若い世代にも『将来自分の思い描く未来を大切な人と歩んでいける』と伝えていけたらと思っている」手を繋いでいる大江と小川の姿。おわり。

こちらは、「結婚の自由をすべての人に訴訟」原告の大江千束(おおえ ちづか)さんにお話を伺い作成したマンガです。

現在は「結婚の自由をすべての人に訴訟」の原告として活動されている大江さんですが、以前は婚姻制度の家父長的なあり方への違和感から、「レズビアンであるということは置いておいても、私は結婚しないだろうな」と考えていたそうです。

しかし小川さんとのパートナー関係を30年以上続けていくうちに、お互いの関係性にも、ご自身の考え方にも変化が訪れます。

人生の半分近くを「未来を共にするパートナー」として生きてきても、法律上の性別が同じというだけで異性カップルのように関係が保証されないこと。そのせいでどちらかの身に何かあったとき、「ただの友人」や「ただの知り合い」、「ただの同居人」とみなされてしまう現状。

ふたりで一緒に歳を重ねていくにつれて、現行法の不平等さを実感する機会が増えていく…。

そんななかで、次第に「権利獲得運動の1つの着地点として、同性婚の法制化が必要である」と考えるようになったそうです。

同性婚を求めるレズビアンカップルとして声を上げることで、婚姻の平等、そしてジェンダー平等をめぐる現状に風穴を開けたい。そんな思いが、大江さんが原告になった理由のひとつでした。

2026年10月現在、「結婚の自由をすべての人に」訴訟は大詰めを迎え、早ければ2026年中にも最高裁での統一判断が下される見通しで、違憲の結論になった場合、国は同性婚の法制化を迫られることになります。

主要メディア等の世論調査では、婚姻の平等に対する「賛成」の割合は常に「反対」の割合を上回り、調査によっては賛成が7割または8割を超えているものもありますが、その中で「実際にアクションをおこしている」という人はまだまだ多くはありません。

「なんとなく、同性婚はできてもいいんじゃない?自分には関係ないけど…」と思っている人が、「傍観」から「行動」への一歩を踏み出すことが大切なのではないでしょうか。

婚姻の平等を実現するために、いま、あなたの声が必要です。もし「結婚の自由をすべての人に訴訟」を応援したいと思った人は、一緒にできることから始めてみませんか。

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まとめ

本記事では、「レズビアン」の意味や言葉選びの配慮、誤解やステレオタイプ、そして同性婚などの制度的ハードルについて解説しました。

少しずつ認知度が高まってきたとはいえ、私たちが生きる社会はまだまだ異性愛を前提とする風潮が根強く、レズビアンが画一的なイメージで捉えられてしまう場面も少なくありません。

そんな中で誤解や偏見の言葉をかけられたり、「『わかりやすいレズビアン』にならなければいけないのではないか」と一人で悩んでしまう人もいます。

しかし、これまでの交際経験の有無やどのような形で惹かれるかによって、誰かのセクシュアリティや関係性の本質が決まるわけではありません。大切なのは自分自身がどう感じるかであり、他者が決められるものではないのです。

「レズビアン」というラベルの中に広がる多様なあり方について、より多くの人が適切な知識を身につけ、身近なステレオタイプや制度の不平等に目を向けていくこと。それが、誰もが自分らしく生きられる社会へとつながっていくのではないでしょうか。

パレットークでは、レズビアンの方の体験談を随時募集しています。こちらのフォームよりお寄せください。

参考